SS投稿掲示板
だが、その墓地が作られている土地を高みから見下ろせば、それがいかに異様な光景かがわかろうというものだ。
一本の木も生えていない、見渡す限りの荒野──正確には、10kmも離れれば森林地帯があるのだが、普通に地面に立っている人間には、見渡す限りと表現しても問題はない。墓地に接続されている道路も、その森の中に逃げ込むようにして伸びている。
セカンドインパクト以後の光景だ。
それを覚えている、あるいは意識している人間は少ないであろうことが想像に難くない──
──人類は、もはや地上の覇者ではない。
Artificial Soul -High Power ReMix-
Session 3. Satisfaction
私は御殿場駅からJR東海道線に乗り、第2東京方面へ向かっていた。セカンドインパクト後に起きた紛争により、旧東京が壊滅したため、関東地方の鉄道路線は大幅に敷きなおされている。第2東京から海岸沿いに、山脈を避けて逆C字を描くようにカーブして御殿場へ東海道線が接続され、中央本線は第2東京と名古屋を結び、常磐線は東へ、東北本線は前橋市から分岐する形になっている。
私の出で立ちにも説明が必要かもしれない──肌にフィットするバンドTシャツの上に黒のレザージャケットと銀のチェーンを纏い、サングラスをかけている。
私の顔立ちと体格では、これだけでもう中学生の子供には見えなくなる。
第3新東京では、常に制服を着て印象付けていなければ学生だとわからないかもし れない。もっとも、単に面倒だということもあるのだが。
なぜかといえば、しつこいようだがそういうイメージを「求められている」からだ。テレビやファッション雑誌を飾るアイドルが私生活に厳しく制限を受けるのと同じだ。
向かうのは、第2東京を越えてさらに北へ向かった、長野県長野市松代。NERVが松代支部を置き、日本では第3新東京の本部以外に唯一エヴァの整備が行えるケージと実験場がある。
先日の第13使徒戦に先立つ事故によって爆発して大部分が吹き飛んだが、それでも、アメリカのネバダ支部のようにまるきり消滅してしまったわけではない。地上には多数の遺留品が残されている。その中には、もちろん、近所の人間がうっかり拾って帰ったら大変なことになるようなもの……も、転がっている� ��
長野電鉄に乗り換えて松代駅で降りた私はまっすぐ、駅前通りの病院へ向かった。
受付に立ち、内ポケットから大判の封筒を取り出して差し出す。
「どうも、六分儀でアポをとった者ですが、高橋先生はおりますでしょうか」
碇司令が自分の旧姓を使えと言ってくれた。今や、NERVの碇ゲンドウといえば日本政府や国連では知らない者はいないほどに悪名が広まってしまったが、逆にかつての六分儀という名前は嘘のように忘れ去られてしまった。人間の興味など所詮そんなものだ。
と、碇司令は言っていた。
病院の建物は、外からの見てくれはそれなりに新しいように見えるが、中に入ってみるとそこかしこに、継ぎ接ぎを繰り返した跡が見える。あの402号室に長年住んでいる私に言わせれば、コンク リートが疲れきっている。いくらコンクリートが頑丈だといってもやはり時間を経れば劣化するのだ。天然の岩石だって、長い時間の間には風雨によって削られる。
いびつな石組みの柱と床にはめ込まれた木枠の向こうで、職員たちが事務仕事をしている。待合室の長いすに並ぶ老人たちの頭数は減ることはない。まだ午前中だから、朝から待っている人もいる。
やがて、白衣に真新しいネームプレートをつけた若い男性の医師が奥から出てきた。
「やあお待たせしてすみません、一条さんですね」
当然だが私も偽名を使う。
「こちらへどうぞ」
「すみません、お邪魔させていただきます」
職員廊下の向こうに、事務室、調剤室が並び、奥に院長室と会議室の掛札が見える。院長室のドアには、所� ��中、と書かれた札が吊ってあった。
「碇司令より言伝を預かってきました」
「うかがっております」
若い医師は、私にソファに座るよう促した。
ネームプレートには「外科・形成外科 高橋リョウスケ」と書かれている。この病院の名前も高橋クリニックだ。
「ご父君はお変わりありませんか」
「ええ、父は毎週のように業者巡りを欠かしません。おかげで製薬会社の営業のかたがたは、父に会うスケジュールを立てるのが大変です」
「それはそれは」
セカンドインパクトに伴い紛争が頻発したということは、それだけ、傷病におかされる人間の数が増えるということだ。医療機関のキャパシティが小さい国はすぐに限界を迎え、国力をじわじわと削られていった。日本はその中でも最も被� �が軽かったといえる。それでも、冬月副司令はかつてもぐりの医者をやっていたという。それについても後ほど触れる。
「臨床サンプルとしては十二分な数が揃ったといえるでしょう」
「はからずも、ですが」
そう言って、高橋医師はやや苦そうな顔をした。患者を実験体扱いする──現代ならまだいいが、前世紀であれば大問題だ。高橋医師が通常の外科だけでなく形成外科の診療科目も持っているのは、それだけ、この現代では戦闘や事故などで身体損傷などの傷病を負う人間が現れる確率が上がっているということだ。
本部内に設置されているNERV中央病院にも、いわゆる軍医に近い身分として相応の人数が配置されている。
さて本題は、この松代実験場で事故が──3号機と使徒の融合接触──が起き� ��時、その解放されたエネルギーが、粉塵となって周辺の土地に拡散降下したことだ。あれから雨が1度降り、大気中に飛び散った松代実験場由来のチリはほとんどが地面に落ちた。MAGIの計算によれば、当時の風向きからして、山脈沿いに飯山市あたりまでチリが拡散していることになる。
当然、そのエリアに暮らしている住民たちは、この、3号機の撒き散らしたエネルギーを帯びた粉塵を浴びていることになる。
使徒が持つ、生命の実とも別称される謎のエネルギー発生器、「S2機関」。これは人類が未だ知らない高次元存在からエネルギーを得ていると予想されている。すなわち、ただの無害な原子を、放射線を発する重原子へと変えてしまうことがあるのだ。
ここで、善意誠実である
人類が、核分裂や核融合を起こすのにすら手間取っているのに、S2機関は、まさに片手間で原子の姿を変えてしまう。赤木ナオコ博士の研究によれば、S2機関内部で起きているのは対生成・対消滅のサイクルではないかということだ。これは、原子よりさらに小さい陽子と反陽子のことだ。すなわち反物質を意味する。これは現代の最先端科学をもってしても極少量しか、それも実験室レベルでしか作ることが出来ず、しかも、わがNERVが保有するポジトロンライフル(陽電子砲)のような巨大な発生器を使用すると、そのわずか少量の陽電子で途轍もない破壊力を発揮する。1発撃つとそれだけで小都市の電力消費をまかなえるといわれるほどの高エネルギーが必要なの� �。もっとも、NERVのポジトロンライフルでさえ、実際に弾丸として発射できるエネルギーは極わずかで、そのほとんどは無駄な電磁波、熱損失となって逃げてしまう。
さながら、自動車のガソリンエンジンと人間の筋肉の比較のように、S2機関は「燃費がいい」のだ。
「結論から申し上げますと、先の事故以降、当院を受診した患者の血液中に含まれるイリジウム192の量が平均して16パーセント増加しています。半減期を考慮しますと、お宅さんよりいただいた資料にありました、新機関の稼動に伴う核融合反応で生成されるイリジウム192の量と合致しています」
NERVが何らかの技術を発表するときはある程度名前の呼び換えが行われる。S2機関は単に「新機関」と呼ばせる。
「健康被害とみられる症状は?」
「� �のところ、死亡者はありません。ただ、既往症のある患者では若干の免疫機能低下が見られます」
「原子力発電所とどちらが安全かといえば」
「もっとも危険なのは定期航空便のパイロットでしょう」
セカンドインパクトの影響は、ヴァン・アレン帯にも影響を及ぼしていると聞いたことがある。
「言うまでもありませんが現在松代周辺にはわがNERVの者が多数任務中です。下手な興味は起こされぬよう」
「わかっていますよ。ところで一条さん、そのサングラスはそろそろ外されては」
私はかすかに首を揺らし、鼻を鳴らす。
「いえ、私は目が生まれつき過敏でしてね。強い光は少々辛いのです」
目が生まれつきなのは事実だが、別に光に弱いわけではない。ただ、赤い目をあまり衆目に晒 すのはよくない。
「そうですか、それは失礼しました」
「あなたも北條さんのことは覚えておいででしょう」
「ええ……、あの人もそうでしたね」
「彼女は優秀な人間でした。残念に思います」
高橋医師も一見真面目そうな男だが学生時代はそれなりに遊びもこなしている。
赤木ナオコ博士の元で有能な助手を務めていた医学博士、北條カオリは、第3新東京市の設置にも協力した民政党幹事長、北條ソウイチロウの従兄妹にあたる。
彼女は、心酔していた赤木ナオコ博士の転落事故死(私の仕業だ)にたいへんなショックを受け、心身衰弱となって入院したまま、NERVから籍を除かれることなくこの世を去った。当時はまだ、NERVという組織が出来たばかりで、日本政府としては早急に組織の体裁を� �えなければならず、半ば強権的に人材をかき集めていたのだ。
ある意味、その北條女史に好意を寄せていた高橋医師も、NERVという運命の歯車に巻き込まれた人間の一人といえる。
「彼女との交際は真剣でしたか?」
「いや、一条さんにそのような質問をされるとは思っても見ませんでしたね。どのような心境の変化ですか?」
「やはりわかりますか」
「ええ。医者というと、特に僕のような外科ですとね、単にメスで切って糸で縫ってという理系の仕事と思われがちなんですが、患者との対話がある意味とても重要なんです。人体の機能というのは、ある意味気分の持ちように大きく左右されますからね」
「それは脳がやっている仕事だと思いますが」
「心のはたらきを否定するわけではないんですよ 」
「神経系が不調を起こせば、当然、肉体の制御もうまくいかなくなるわけですから調子は狂います。体調が悪くなるということですね」
「正直、うちのクリニックでも、精神科の連中はかなり好き勝手やっていますよ。SSRIの量をはかることにしか興味が無いようなね。薬を飲む、という行為がどれだけ人体に物理的影響を及ぼすのか……、っと失礼、少々愚痴が過ぎましたね」
「いえ、私も同じ考えですよ。ただ表現がすこし違うだけです。人間は心があるんだからといって特別扱いする義理はないということですよ」
「一条さん」
「なんですか?」
「やはり、僕としては貴女に興味がある」
私の名前は綾波レイだ。碇司令がつけた名前だ。もちろん、私には生物学上の両親はいない。戸籍上でな� �、碇司令とユイ博士が親になるが、もちろん、それは日本国内における民法上の意味しかなさない。
「あなた個人の興味のために解剖されたんでは割に合いませんね」
「城島先生も惜しいとおっしゃっていましたよ」
「彼も好きですね本当に」
「趣味人なんですよ」
裁縫用配管を作り方
趣味人か、と私も彼の言葉を反芻する。そう考えることの出来る人間ならどれほど楽に仕事をこなせることだろうか。赤木博士は、良くも悪くも融通が利かない。私も人のことは言えないが、彼女は、ものごとをむずかしく考えすぎだ。
もうすこし発想の転換を、と言いたいところだが、それは彼女にとっては自己の信念を曲げる行為であるらしい。
しかもその信念が、必ずしも合理的思考に基づいているわけではないという点が、彼女の性格把握をなおさらにややこしくしている。
それが顕著に出たのは第10使徒戦……軌道上からの自重落下攻撃を試みたサハクィエルとの戦闘でだ。NERV本部を失うわけにはいかない、というのはもっともな理由だが、そ� �が単に、葛城三佐(当時は一尉だったか?)に対する反駁心であったことは否めない。葛城三佐にしろ、使徒を倒すにあたって、効率的な戦い方よりも、力をぶつけてねじ伏せる戦い方を好む傾向がある。サハクィエルの例で言うなら、多方向からの(たとえばソ連と台湾、サイパンあたりからの)同時観測を行えば、光学測距でもかなりの精度を出せる。サハクィエルは可視光線領域でのジャミング能力も持っていたが、逆にその妨害電磁波の出どころを追えばいいのだ。サハクィエルのサイズはおよそ600メートルだったから、目標のサイズが大きいということはそれだけ、誤差は吸収しやすい。それでもって、エヴァ3機を集中配置し、ATフィールドを高空に打ち上げて、落下の衝撃緩衝に要する距離(クラッシャブルゾーン)を長く取 る。私はその作戦を考えていた。
エヴァ3機を広範囲に配置する、接敵時には一対一になってしまうであろう配置の根拠について私が質問した時、こともあろうに彼女は「女の勘」と言ってのけた。せめて、「最も広範囲をカバーできる配置」と答えてくれれば及第点をやれたのだが。まあ、そこは性格だと思うことにする。
この点は、赤木博士も葛城三佐も五十歩百歩だな──と、私はしばし回想する。
「高橋先生、今でも彼女の業績を──役立てたいとお考えですか?」
彼の切れ長の目の、端正な日本人美男子の顔立ちの奥に、蠢いている黒いもの。そして、私も同じように、胸のうちに抱えている黒いマグマがある。
「僕は正直、遅すぎたのかもしれないな」
「今からでも取り返せますよ」
「� ��や、一条さん、君はまだ若いから先がある。オレも、城島さんに同じように言われたことを、今、君に言うことになる。僕は、これから生まれてくる若い人間たちに、少しでも先鞭になるものをつけてやりたいと考えているんだ」
「でしたら、資料を集めることは損ではないのではないですか」
「確かにね」
「今日はそのこともあって来たんです。実は」
さっき受付に渡した封筒にはその資料を入れてある。
「ああ、とりあえずざっと目は通した。エヴァンゲリオンの神経機能についてだね」
「私がこうして第3の外に出るのもそれが理由なんですよ」
まるで催眠術の作法のようだ。もっとも私はそんな技能は使っていない。ただ、私が私をあやつるとき、そんな感覚を味わうことがある。
� �は、今の私の身体が本当の姿なのか?
零号機に乗るとき、そんな感覚を味わうことがある。私が私でないような気がする──それは、おそらく正しい感覚だ。そして、甘美な罠だ。人間は、ものごとを自分に都合のよい方向へと見たがる傾向がある。
自分の主張により沿った形でバイアスをかけてしまう。
そのバイアスをなくすためにはどうすればいいか?
色々考えられるが、知らないということもひとつの方法だ。
誰か人に会うとき、その人物がどういう身分か知らなければ、対応もとりようがない。会って名前を聞いた後で、実はあの人はこれこれこういう人なんだよ、と言われたって、それを早く言ってくれとか、そんなふうになってしまう。知らなければ、知らないなりの自分の接し方がある。
� ��それを後になってから指摘するということは、逆に言えば知っていれば違う対応をしていたのに、ということを白状しているのと同じだ。
院長室の電話が鳴り、高橋医師が受話器を取る。
「はい院長室です──はい。……はい、ええわかりました。今は大丈夫ですよ。はい、お待ちしています」
「どなたですか?」
「うちで、まかされているサンプルがあるんだ。そのスポンサーとでもいうのかな」
「NERVに隠さなければならない理由が?」
高橋医師はやや大げさに首を振って苦笑した。
「いやいや、別にそういうわけじゃないんだ。ただちょっと、僕ら独自でやっているというだけさ。何かいい手立てがあるのなら、碇司令にご報告してほしいな」
「考えておきますよ」
やがて院長室� ��ドアが開き、来客が現れる。ごく普通のスーツを着ている、ように見えるが、スーツの襟に付けられたバッジを私は見逃さない。
戦略自衛隊の……なるほど。
軍からの依頼も受けて、研究や観察をしているというわけだ。
「そちらの方は?」
「ああ、──」
「どうもお邪魔しています。特務機関NERV技術二課所属、一条ユイです」
私から名乗る。もちろん偽名だ──。高橋医師にも、私の本名が綾波レイであるということは言っていない。対外的には一条で通している。
「さっそく『証拠隠滅』に動いているというわけですか」
隠しようがないとは思うが。
ただ、たとえ隠さずにいたとしても普通の人間がそれを知ることはできない。
「隠してなどいませんよ。ただ、それを『見よ うとしない』者には隠されているように見える、というだけです」
「いや、一条さん」
「これはこれは失礼しました。私、戦略自衛隊京都航空団所属の八神シロウと申します。以後お見知りおきを」
名刺を交換し合う。もちろん、私の技術二課の名刺もあらかじめ用意されたダミーのものだ。
「京都からはるばるといらしたのですか」
「籍を置いているだけです。私自身は第2東京に居を構えていますよ」
「八神二佐も今回の事件に?」
「それもありますが、高橋さんには以前から依頼を出しておりましてな。折角ですから一条さんにもお見せしましょう」
「そうですね、一条さん、時間のほうは大丈夫ですか?」
「ええ、私も向こう数日は余裕をみていますので」
「わかりました。で� �参りましょう」
きれいにし、シーズン錆び鋳鉄やかんする方法
私と高橋医師は、八神二佐の車に同乗して、このクリニックから1ブロック離れたところに建っている研究所に移動した。車は頑丈なゲートをくぐり、地下駐車場に入る。
松代実験場は地下の大空洞に設置されているから、その周辺にある土地にも、かつての第二次世界大戦時に建造された地下空間が多数、存在している。
八神二佐が担当しているのは、特に、セカンドインパクトの影響を直接受けたと思われる生物個体の解析だ。これによって、使徒の正体、使徒が用いる武器や動力源が何なのかを解明できる可能性がある。
以前、反町国連大使が言っていたことだが──、もし、使徒を解析した結果、人類にとって好ましくな� ��結果が出たらどうするのか。日本は、それを受け入れる覚悟があるのか?アメリカや欧米諸国がこれをやりたがらない理由のひとつだ。
赤木博士はじめNERV幹部については、使徒の遺伝子パターンが99.89パーセントは人間と同じということについては知っている。類人猿だと、一致率は98~99パーセントほどだから、現時点では、使徒とは遺伝的には人類に最も近い生物だということができる。
だがそれはあくまでも使徒を生物として見た場合だ。
八神二佐のセクションでは、使徒をあくまでも未知の戦闘兵器個体群として扱っている。すなわち、その物理的特性、機械構造、などの観点から研究を行っている。
その過程で、生物的特徴を見せるパーツの解析を高橋医師に依頼していたというわけだ。
「臨床デ ータとしては、充分です。あとは彼女しだいかと」
データの入ったMOディスクを渡すとき、高橋医師はそう付け加えた。
八神二佐はもうすこし観察を続けさせるつもりだったが、その反応が意外だったようだ。
「しかし高橋さん、成人になってからどうなるかがこれではわかりませんぞ」
「そのことについては我々でも検討を行いました。結果として、これは成人、いえ、ある意味では旧い世代の人間には、堪えられないものであるのではないかと──いう仮説をたてています」
「旧い世代、とは」
私も口を添える。
「人類の、種としての世代交代が進みつつあるということです」
そうだ。使徒とは、ある意味では人類の別な姿ともいえる。
あのような幾何学的な巨大生物が人間と同じ などとは、にわかには受け入れがたいものだろうが、それは単にそういう外見だからというだけだ。
それはかつて、アフリカの人々を初めて見たヨーロッパ人が、同じ人間だと理解できなかったのと同じように。
「NERVとしての見解を申し上げます。人類は今、急激な進化の途上にあります。新たな種としての、新人類はすでに出現しつつあります。そして、進化に適応できなかった旧い人間は、やがて死に絶えるでしょう」
「それは……、人工進化研究所がすすめていたプロジェクトをさすのですかな?」
「われわれはあくまでも研究を行っているに過ぎません。この流れはもはや人類の手では止めることは不可能です」
「しかし、人類がそれを望んでいるとは思えませんな」
私は八神二佐を見上げる。� �にも、私と同じくらいの年頃の娘がいる。子供が、いる。
「望むと望まざるとです。どこの世界に、自分の意志で進化をコントロールできる生物がいますか?大きくなりたいと願って子供を産んだから、恐竜は巨大化したのですか?違いますね。生物と機械は、相反する概念ではありません。現状では、それは単に構成素材の違いというだけです。八神二佐、あなたの望むものは、たとえあなたが望まざるとも、別の誰かが望んで、実現するでしょう」
「人類は神になるべきではない──と、私は考えていますが」
「その神とやらも、人間が勝手に作り上げた偶像に過ぎません。我々NERVは、いえ、科学者としての一条ユイ個人の考えを述べさせていただければ、この世に解明できない謎など存在しません。解明できないの� �、人類の素養がまだ足りていないからだと、私はそう考えます」
NERVにしても。碇司令にしても、冬月副司令にしても、赤木博士にしても、葛城三佐にしても、そして鈴村三尉にしても、──ついでにセカンドにしても、そうだ。
生命の神秘だの、心はロジックじゃないだのといった言葉で逃げてはいけない。
ロジックは厳正にして存在する。
ただそれが、ひといきにはつかめないほど巨大で複雑だというだけだ。
私から見ればそうだ。だが、普通の人間から見てどうなのかはわからない。
B型の取扱説明書だの、理系のマニュアルだの、そういった、人間(のメンタリティー)を類型化したハウツー本もどきが多数出版されそれなりに売れている事実は、それだけでも人類の意識の変化の表れとこ� �つけることだってできる。
「八神二佐、わが医院で解析した結果では、これは、まさに新機関といってもよいものでしょう。セカンドインパクトの影響を受けた個体は、ある意味で使徒化しているとさえ言えます」
「つまり、従来の生物よりもはるかに強靭になっていると」
「見た目、としてはそうです──ですが、それだけでは不足です」
「不足とは」
「これまでにいただいたサンプルでは、使徒の持つ新機関とはエネルギーを自己生成できます。ですが、インパクトの影響を受けた個体の新機関では、その機能がありません。単にエネルギーを、任意の量、ためておくことができるに過ぎません。いわば、ただの充電池です。使徒の新機関は、発電機と充電池の両方の機能を持っているといえます」
「バ ッテリー──スレイブジェネレーターのようなものということですな」
「NERVでも検証を行いましたが、それでほぼ間違いありません」
碇君が倒した第4使徒シャムシエルの解析から、使徒はS2機関を動力源にしていることはほぼ間違いないという結果が出ている。だが、このシャムシエルから取り出されたS2機関は、アメリカでエヴァ4号機への搭載実験が行われ──その結果、消滅してしまった。
この新たな動力装置を扱うには、これもまた新しい技術が必要になる。
「当院でも、製薬業界を経由してアプローチは行っています。ファイザー、ベーリンガー・インゲルハイム、アンブレラ、第一三共が現在のところ賛同を表明しています」
薬理学的観点からなら、使徒の持つS2機関とは、生体内ではさまざまな� ��理活性物質を統合制御する作用を持っている。これにより、強靭な生命力と耐久力を獲得している。
そして、人類では持ち得ない強力なATフィールドを発生する原理とは何なのか、これについてはまた別分野で研究が行われている。
「日本AMDからの報告によれば、新機関を制御するための生体プロセッサにも目途が付いているとのことです」
「本当ですか」
「ええ。おそらくそちらにもおいおい報告が上がると思いますよ。うち(NERV)でも、いわゆるダミーシステムの開発にあたり新型プロセッサの入手は急務でしたから」
赤木ナオコ博士は、人間の脳を直接コンピュータとして利用するMAGIシステムを開発したが、民間レベルでは、そのような大規模かつ複雑きわまりない装置は扱えない。そこで、従来のシリコン配線を結晶格子原子で置き換える形でつくられた、第8世代結晶コンピュータが開発されつつある。
エントリープラグに搭載するチップセットとしてなら、もちろんこちらのほうが有利� �。衝撃に強く、サイズもコンパクトに出来る。
「ところで八神二佐」
「なんですかな」
「あなたがこの研究を進める動機は何でしょうか?やはり、ご息女のため、ですか?」
八神二佐は私を見下ろして、じっと、だが、視線をそらしたくてもそらせないような感じで私を見下ろした。
「私が、自分を満足させたいと願うのみです。自衛官としては言ってはならないことだとは思っていますが」
「満足ですか。あなたを満足させるもの、それが何かご理解なさっていますか?」
──人間の願い。
それは、反町大使との会見では私は『悲劇のヒロイン』と表現した。つまり、正義感などの観点から見た場合だ。
たとえば支配欲とか征服欲とかになるとまた違ってくる。支配するためには、そ� ��支配をこうむる誰か、つまり被支配者がいなくてはならない。征服するためには、征服する相手がいなくてはならない。つまり敵だ。
その条件をどちらも満たすもの……それが、使徒、というわけだ。
人類の生存をおびやかす使徒を倒せ!使徒の脅威をはねのけ、ねじ伏せ、使徒を征服せよ!使徒を屈服させよ!
威勢はいいが、だがしかし、ぜんまい動力のからくり人形に向かってそんなことを息巻いていても傍目には滑稽なだけだ。征服とか支配とかそういう言葉を使うからには、そこには何らかの、相手を擬人化して見ている視線が加わることになる。
擬人化、それはすなわち、相手も自分たち(=人間)と同じように動き、同じような目に遭えば同じような感情を味わうだろうという期待を意味する。
つまり、使徒を擬人化するということは、使徒によって人間が酷い目に遭わされれば、使徒は「人間ざまみろ」と嗤っているに違いない、人間が使徒をやっつければ、使徒は人間を怖がって従うようになるだろう、という期待を、心の底で持っているということだ。でなければ、屈服などという発想が出るはずもない。
これは機械を相手にした時でも同じだ。たとえ完全自律行動を達成した無人兵器であったとしても、その向こうに、その兵器を開発もしくは製造した人間の姿を見て、無人兵器を擬人化する。それは、相手に「倒されるべき敵」の姿を与えるということなのだ。
使徒は、人類にとって「敵」でいてくれなくては困る。
なぜならそうしないと人類がまとまらないからだ。これがたとえば鯨だったら、� ��をして食料や海産資源をとりたいのに、動物愛護だなんだといって邪魔する者たちが現れる。熊や猿が人里に下りてきて、畑の作物を荒らすからと猟友会が出動すれば、殺すなんてとんでもないという声が上がる。
だが使徒に限っては、そういう声はいっさい上がっていない。
ある意味でそれは恐ろしいことでもある。
「全会一致の幻想」という言葉がある。これは、「誰一人として反対する者がいるはずはない」という錯覚を意味する。もしかしたら心の中では疑問を持っていたとしても、それを発言しなければ、「何も言わないということは賛成」ととられてしまう。
目下、使徒に対し戦うことに疑問をはさむ人間はいない。よしんばいたとしてもその声が届かないため、誰も、反対していないということ� �なってしまう。
碇君の疑問は──、セカンドが握りつぶしてしまった。
疑問を握りつぶしている人間は誰だ?
私は聞いていた。忘れたとは言わせない。葛城三佐、あなたは碇君に対し、「逃げちゃダメ、何よりも自分から」と言った。私は聞いていたぞ。
碇君が自分から逃げるとはどういう状態をさすのか?
葛城三佐は、碇君は父親──すなわち碇司令に向き合うつもりでここに来たのだと思っていた。だが残念ながら、それは微妙に異なる。碇君は、父親が、自分に何らかの期待をかけているという望みを抱いていたのだ。
碇君、あなたは、父親を──お父さんを、信じたかった。誰よりも。誰よりも碇司令を信じたかった。だが、状況がそれを許さなかった。そして私もそれが歯がゆかった──� �5使徒戦のときは、申し訳ないことをしてしまったと思う。
碇君、あなたの心はとても貴重なもの。
人類が失いかけている貴重な心を、あなたは持っている。
今の碇君は、碇司令のことをどう思っているのだろう?まだ、かすかな期待を抱いているだろうか?
疑問を持つ人間がいないという状態は、ふとしたきっかけでいっせいに全員が極端に走ってしまう危険をはらむ。
使徒は倒すべき敵。
そのお題目を、誰もが無条件に信じているという状態が、この現代の世界の有り様だ。
「われわれのような心を持った人間は貴重なのです、八神二佐」
「私は、人類の可能性を信じている。だがそれは、原始的で野蛮な力に頼ったものではないということも同時に信じている」
「同感です」
< p>「満足とはどういうことか──でしたな。私は、自分個人の望みです。娘に、……元気に生きてほしい。それだけです」 元気に。真っ当に、でも、幸せに、でもない。
そんなのは、本人の気の持ちようしだいでいくらでも基準が変わってしまう。本人が真っ当だと思う生き方、本人が幸せだと思う生き方、それは他人の基準でははかれない。だが、元気に、ならば、本人が元気なら、その元気を使って本人が望む生き方を選ぶことが出来る。
それが実際は、いちばん幸せなんだと思う。
私も──、碇司令は、きっとそう思っているだろう。
そしてまた、自分の考える幸せと、私が実際に感じる幸せが一致しないということもわかっているだろう。
それは決して、努力の放棄ではない。
私が満� ��するものは、また別にあるということだ。
高橋医師や八神二佐もそうだ。彼らは気づきつつある。自分の幸せと他人の幸せは別なのだと。それを忘れて、あるいはそれに気づかずに他人の領域に踏み込むと軋轢を起こす。なによりも、素直にものごとを見つめる姿勢が大切だ。それが本当の真摯さというものだ。
素直に相手を見れば、付き合い方がわかる。
複雑なんだとか、機微だとか、そんな言葉でごまかすな。
私はそう思う。
それに気づきつつあるのが、本当の意味での新しい人類だと思う。
人類補完計画という言葉の上っ面に惑わされて、何をトチ狂っている?
そんな人間では、たとえ使徒がやってこなくてもいずれ自滅してしまう。
私を、そんな勝手な目的のために悲劇のヒロ イン扱いするんじゃない。
私は私の意志で、この任務を遂行するんだ……わかるか?わからないでしょうね。
何もわからない、自我のない少女でいてくれないと困る。私に自我があっては困る。
だから、碇司令は反町大使との会見で、「いつもどおりにしろ」と言ったんだ。
大使がそうだというわけではない。大使が伝える私の姿を聞く人々のために必要なんだ。
彼らを満足させるものとは、自我のない私の姿なんだから。
To be continued...
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