2012年4月21日土曜日

古代エジプトの電球



 多くの謎を秘めた古代エジプト文明。
ルクソールから北へ約50km、プトレマイオス朝時代に建設された古代遺跡、デンデラのハトホル神殿にも、一つの大きな謎が残されている。
神殿の南側には秘密の地下室があり、その地下室の壁には様々なレリーフが彫られている。 ところが、それらの中のいくつかに、何を表したものか説明困難な奇妙な絵柄が描かれているのだ。
巨大なバルブ状の物体が表されており、そのバルブの中には一匹のヘビが宙に浮くような形で描かれている。また、バルブの根元にはソケットのようなものが付いており、そこにはケーブルのような細長いヒモが接続されている。
ヒモはバルブ状の物体の真下を通り、その反対側の端は、二本の腕を持つ不思議な柱のような形の台のところまで伸びている。さらに、その二本の腕がバルブの中でヘビを支えている・・・。
以上が、レリーフに表された絵のおおよその内容だが、これを見たスウェーデンの古代史研究家イファン・トロエニーは次のような結論を出した。
「これは、古代の電球とそれを支える高圧絶縁器である!」

なるほど、その絵はガラス管と金属のソケットを持つ現代の電球にそっくりである。 ガラス管の中のヘビは、フィラメント、あるいは電流を象徴的に表したものだろう。古代エジプトではヘビは稲妻のシンボルとされている。フィラメントを流れる電流を表したものと考えても良いし、放電球における内部の電流を表したものと考えることもできる。四角い台座の上に大気の神シュウが座っていることも、それが放電球であることを暗示しているようだ。高圧絶縁器から伸びた腕はもちろん電極である。
また、神官らしき人物が電球を抱えているが、おそらくこの人物は電気技師なのだろう。 そばにはナイフを手にして立っているヒヒのような動物も描かれている。これはエジプト神話で「自ら発する光で暗闇を明るくする努力をした」とされる魔法と知恵の神トートである。

レリーフに示された物体が確かに電球として機能できたこともすでに証明されている。ある技術者がこの絵の電球の復元に成功しているのだ。

古代エジプトに電気照明技術が存在したことを示す根拠はそれだけではない。 壁画、碑文、レリーフなど、光を取り入れる窓の無い最初期のピラミッドや神殿内部に施された装飾は、かなり強力な照明装置が無ければ製作不可能だったはずなのに、明らかに後代のもの以外はスス痕がまったく発見されていない。松明やロウソク、ランプなどの火を用いて照明を行なったのなら、天井には必ずススの痕が残るはずである。
ハトホル神殿地下室の天井にもスス痕はまったく見られない。

これらの事実は、古代エジプトの人々が電気照明を使って内部を照らしていたと考えなければ説明できないのである・・・。

 

 

  <ハトホル神殿
       地下室のレリーフ> 
   
 これらの奇妙な絵の正体は‥?
 


 「古代の美術品の造形が、現代の科学文明が生み出した何かに似ている・・・。」
エジプト電球の話もまた、この手の説でたびたびくり返される、本来、とても根拠とは言えないような事柄を主要な根拠にした妄説の一つである。
ただ、そこに「スス痕が見当たらない謎」という、もっともらしい"砂糖"が振りかけられているところが、このオーパーツのミソと言えるかもしれない。

だが、その奇妙な絵の正体が何であるにせよ、少なくとも、それが電球などではないことは、非現実世界の住人を除く大勢の人たちにとっては明らかなことだろう。
例えば、どういうタイプのものでもいい、近くにある電球を一つ、よく見つめて考えてみよう。一見、単純な構造をしているように見える電球だが、それを作るためにいったいどれだけ多くの科学的知識と高度な技術が導入されていることか?
フィラメント式電球の仕組みを簡単に説明すれば、それは、「物体の温度が525℃以上になると一定量の光が放出される」という現象を利用したものである。電流が流れることにより、加熱された導体の熱エネルギーが光のエネルギーに変換されるわけだ。
発光の度合いは導体の温度が高いほど大きくなる。(ちなみに、現在では3400℃の融点を持つタングステンがフィラメントに使用されている。)
だが、そのままでは、高温による化学反応のため、フィラメントは一瞬にして劣化し蒸発してしまう。そこで、それを防ぐために、電球の内部は真空状態であるか、不活性ガスで満たされていなければならない。
では、蛍光灯や水銀灯などの放電管タイプの電球はどうだろうか?
放電管は、内部に注入された蒸気やガスの中を電子が流れることにより生じる放電現象を利用したもので、ガラス管の内側には特殊な蛍光物質が塗ってある。放電によりこの蛍光物質が化学反応を起こすことで照明が行なわれるのである。

その他にも電球にはいくつか違うタイプのものもあるが、どういうタイプの電球にせよ、 それらの電気照明の背景には、根本的な電気に関する知識はもちろん、多くの科学的発見と理論、さらにはその理論を現実化するための様々な技術の開発や発展があるのだ。
古代エジプトのいったいどこに、それらの知識と技術が存在した証拠があるというのだろう? 当たり前の事だが、そのかけらすら見つかっていないのである。
「ケーブルがソケットに接続されている」「ヘビはフィラメント、あるいは電流の象徴」「柱のようなものは高圧の絶縁器」というのは根拠ではない。それはただの"解釈"である。それも果てしなく飛躍した何の証拠も伴わない解釈だ。


電球の仕事を作る方法

一技術者が作ったという"復元された電球"についても同様である。 正直言って、そういう物を作ってしまった人のその"心意気"は僕は大好きだが(笑)、それは古代エジプトに電球や発電機が存在したことの根拠にはまったくならない。
そりゃそうだろう? そのレリーフの絵は、もともと「電球に似ている」と言われているわけである。現代人がその形に似せて本物の電球を作ることは当然可能なのだ。古代エジプト人にも同じ条件でそれを作製できたことを証明できなければ何の意味もないのである。

(それに、その技術者が作った電球は、純粋な意味での"似せて作った電球"でもない。地下レリーフが表す人間の身長を超えるような巨大な化け物とは違い、ずっと小さなサイズで、おまけに部屋の中を照らし出すような実用的な明るさも出せないのだ。)

古代の遺物の中から(特に装飾的図形の中から)、何かに似た形を見つけ出すことは難しいことではない。例えば、他のエジプトのレリーフからは、現代のジェット・ヘリにそっくりな図形も見つかっている。僕が見たところ、それは、ハトホル神殿のレリーフが電球に似ているよりは、ずっとヘリコプターに似ている。
しかし、だからと言って、古代世界にヘリコプターが実在したなどと真剣に考えることができるだろうか?(もっとも、まさにその理由から、古代のへリの存在を本気で信じてしまっている� �も世の中にはいるのだが・・・(笑))
想定できる状況を無視して、何の証拠もなく、ただそれが何かの形に似ているということだけを頼りにしていいのであれば、どのようなことでも説くことが可能になる。 空想することは自由だが、本気で論じるのなら、普通、それは「妄想」という名で呼ばれるのだ。

 

  電気を通すはずのないガラス球 
  を支える不思議な電極・・・。(笑)
 
 

 

 

しかし、電球説論者は、もう一つ別の事を述べている。「天井にスス痕が見られない」と。
もちろん、彼らは、「電気で照らしたからスス痕がないのだ」と言いたいわけである。
だが、そんなことが、古代の電気照明技術の証拠になるだろうか?
例えば、雨上がりの後、傘も持たずに歩いて来たきみを見て、誰かが真剣な顔でこう言ってきたとしよう。
「さっきまで雨が降っていたのに、きみはまったく濡れていない。傘がないのに濡れていないのは変だ。きみの服にはきっと、"瞬間乾燥装置"が付いているのだろう。」
昔見た某SF映画に、そういう機能が付いた服が登場してきた。そういう服があったら便利だし、確かに、そういう服を着ていたと考えれば濡れていないことの説明はつく。
でもきみは、きっとこう思うはずだ。
「なんて馬鹿げた推測だろう!」
実際にはきみは、雨が降っている間、屋根のある所にいたから濡れなかっただけなのだ。(他にも答えはあるだろう。)

スス痕がないことを電気照明に結びつけて考えるのも、同じ類の推測である。
確かに、電気を使えばススの痕はできない。だが、「電気を使えばスス痕ができない」というのと「電気を使ったからスス痕がない」というのは同じではないのである。 そしてこの場合、古代エジプトに電気照明が存在した可能性はまったくないのだから(あると言うなら、せめて真空技術の証拠の一つでもあげてくれ。)、答えを探すなら、別のところ、古代エジプト人にも可能だった方法の中を探すべきだろう。


ハリケーンのガラスは何ですか

さて、この「地下室の天井にスス痕がない」という事実に対して、時折、電球説に反対する人々から次のような意見が出されることがある。
「地下室のレリーフは上部の天井が作られてから彫られたのではなく、天井が組み上がる前に壁に描かれたのだろう。」
確かに、レリーフ自体は、天井で部屋を塞ぐ前の太陽光線を利用して作られたと考えた方が理にかなっている。実際、多くのエジプトの墓所に施された装飾は、そういう方法を用いて作られたものらしい。
だが、残念ながら、これは電球説の「天井にスス痕がないのはなぜか?」という問いに対する本質的な答えにはなっていない。 なぜなら、壁に装飾が施されたのが、上部構造が出来上がる前だったにせよ、後だったにせよ、その地下室はレリーフが彫られて以降も確実に使用されているからだ。 まさか真っ暗闇の中でそれらの地下室を利用したはずがない。古代エジプトの人々は必ず何らかの照明を使って中を照らしていたはずである。
そうではなくて、答えはもっと単純なことなのだ。
ビリーバーたちが前提とする「火を使えば必ずスス痕が残る」という主張自体がおかしいのである。
確かに、モウモウと煙を立てる松明を使えば天井にスス痕は残るだろう。
だったら答えは簡単、もとから言われていたように、ランプやロウソクを使ったと考えればいいではないか?
エジプトでは、ハトホル神殿が建てられた時代を遥かにさかのぼる遠い昔から、オイルランプやロウソクが使用されていたことはよく知られている。それらを照明に使えば天井にスス痕は残らない。ただそれだけのことだ。
しかし、この答えに対しては、次のような反論が予想される。
「オイルランプやロウソクを使ったとしてもススは必ず出るはずだ。」
確かに、物が燃えるからにはススは出るだろう。だが、ここで問題になるのは、天井に痕を残すほどのススなのだ。
電気による照明を使うことが日常的な現代人にとって、火による照明を使う機会はめったにない。それでも、そういう機会がまったくないわけでもない。 例えば、台風による停電時に、僕はロウソクの明かりだけで何時間も部屋で過ごしたことがある。それ以外の時にも部屋の中でロウソクを使用したことは何度もある。
だが、今、どう目を凝らしてその部屋の天井を眺めてみても、
ススの痕なんぞどこにも見当たりゃしませんが・・・?(笑)
天井との距離が十分に離れていれば、微量のススは空気中に拡散してスス痕を残さない。 実際には当時の人々は
オリーブ油やヤシ油などを使ったランプを使っていたそうだ。 きれいな燃焼を起こすそれらの油からは、ススはほとんど出ないのである。

それでも何かの拍子にススが付いてしまったら‥?
その時には、おそらく当時の人々はごく当然の行動を取っただろう。 「ススの痕を取り除いて、きれいにした」のである。
少なくとも僕は、「古代エジプトの人々には掃除をする習慣がなかった」「大切な神殿が汚れても、汚れたままにしておいた」などという特殊な慣習については聞いたことがない。
天井にスス痕がないという事実に着目すること自体はけして悪いことではないが、本来、そういう事実は、それらの構造がどのようにして作られたか、当時の人々の生活様式がどのようなものだったかなど、そういうことを考えるために着目するべき事柄の一つだろう。
「スス痕がないのはおかしい」と感じる人は、電球説の「火を使えば必ずスス痕ができるはずだ」という言葉にミスリードされているだけなのである。ごく当たり前に考えれば、答えは自然に出てくるのだ。

それから、も う一つ付け加えておきたいことがある。 それは、「地下室のレリーフが作られた時代はいつか?」という問題である。
ビリーバーたちの主張の中には、神殿が、それ以前に存在していた遺跡の上に建てられていることを根拠に、レリーフを必要以上に古い時代のもの、いわゆる、"超古代文明の遺産"であるかのように見せかけようとする傾向が見られる。(と言うか、そもそも電球説というのは、そういう結論を導き出したいがために生み出された説と言っていいだろう。)
だが、そんな主張は成り立たない。なぜなら、地下室のレリーフが作られた時代は簡単に特定できるからである。
地下室の壁には、それらのレリーフ群と共に、一人のファラオを示すヒエログリフが刻まれている。
そのファラオとは、「プトレマイオス十二世」。
有名な女王クレオパトラ七世の父で、「笛吹き王」の異名を持つ人物である。(在位期間BC80〜BC51)
つまり、地下室のレリーフは、この神殿が建てられた時代、紀元前1世紀以降の作品なのだ。

 

では、このレリーフの絵はいったい何を表したものなのだろうか? おそらく、大半の人たちの興味の焦点はそこにあるだろう。
古代エジプト人の絵画、彫刻には、一貫して見られる特徴がある。それらの美術品は単なる装飾ではなく、そこには彼らの宗教観、自然観、宇宙観を表す象徴的なメッセージが込められているのである。
象徴化は、勝手気ままに行なわれていたわけではない。その作品を構成するいくつもの部分、あるいは全体に、彼らが使用していたヒエログリフ(象形文字)記号を取り込んで表現するという、一種の法則性を持った手法が用いられていたのだ。
そうした古代エジプト美術の手法と、そこに用いられている一つ一つのシンボルの意味を理解することではじめて、その作品の持つ意味がわかってくるのである。
地下室のレリーフの場合、そういう知識を持ってしても、その絵を見ただけではそれが何を表したものであるのか理解するのは難しいかもしれない。
だが、さいわい、地下室のレリーフには、他の多くのエジプトの絵画と同様に、そこに表された絵を説明するヒエログリフが壁に記されている。
そう、
それが何であるのか、ヒエログリフがちゃんと教えてくれているのである。

ドイツのフランク・ダーネンバーグ氏のサイト『過去のミステリー』に、そのヒエログリフの翻訳文が紹介されている。
以下に、そのダーネンバーグ氏が行なっているレリーフ解説、そして、リチャード・H・ウィルキンソン著『図解・古代エジプトシンボル辞典』、および、その他の数多くのエジプト関連の本/サイトから得た情報を元に、地下レリーフに表されたシンボル一つ一つの意味、そしてその正体について迫っていこうと思う。

<レリーフに表されたシンボル>


アクリルはどこから来るのか

 柱のような形の奇妙な物体。 ビリーバーたちによって"高圧絶縁器"、"放電機"、あるいは"電気コントローラー"ということにされてしまったその物体は、もちろん、そんな途方もない代物とは何の関係もない。
いくらかでも古代のエジプト美術について知っている者であれば、それが何なのか容易に判別することができるだろう。 それは
「安定」と「永遠」のシンボル、ジェド柱である。

 

 ジェドを表すヒエログリフ
 

ジェドがなぜあのような形をしているのかその起源についてははっきりしていないが、一説にあるように、もともとそれは人間の背骨をかたどったものであったのかもしれない。
また、ジェドは「空の支柱」として描かれることもあった。

いずれにせよ、エジプト人の王権の概念とも結び付いていたジェドが意味するものは、それが登場してくる他の数限りない絵画を通して、すべて、「安定」や「永遠」である。
したがって、もしそれが高圧絶縁器だというなら、それらすべてのジェドについてそれが高圧絶縁器であることの理由を示さなければならないだろう。あるいは、ハトホル神殿地下レリーフのジェドのみが唯一の例外である理由を示さなければならない。
当然の事ながら、それは無理な話である。

 また、そのジェド柱からは二本の腕が伸びている。レリーフの一つでは柱の天辺から、別のレリーフでは柱の両脇から・・・。
それらは全体としてはジェドを擬人化した表現と考えても差し支えないと思うが、厳密に言えばそれらの腕は
ジェドのカーである。
カーとは、古代エジプト人が考えた魂の形態の一つで、簡単に説明すれば人間や神々の持つ生霊、あるいは分身のような存在である。シンボルとしては創造と維持にかかわる「生命力」を表している。

 

 カーを表すヒエログリフ
 

ちなみに、このカーを示すヒエログリフの表記は、両方の腕を伸ばした形で表される。それは、地下レリーフ上のヘビを支えるジェドの二本の腕とまさに同じ形をしている。

 四角い台座の上でヘビを取り囲むバルブ状のものを支えている小人は、よく言われるような大気の神シュウではなく、「無限」を象徴する神ヘフだ。
ここでいう「無限」とは、例えば、昼から夜、夜から昼のような、果てしなく繰り返されるサイクルのことをいう。
そしてエジプト神話では、ヘフは「空を支える神」としても登場してくる。 例えば、第19王朝のセティ1世の王墓で見られる絵には、シュウ(そもそも空は、この神が天空の女神ヌトの身体を持ち上げたために出来たとされる)と共に、八人のヘフが「天空の雌牛」を支える様子が描かれている。

 "電球のソケット"だと言われている部分はロータスの花である。
エジプトの創生神話で原初の水から最初に現れたものとされるロータスの花もまた、古代エジプト美術では頻繁に登場してくるポピュラーな植物だ。
花が下を向いている場合は純粋な装飾、あるいは写実的な表現として描かれているのが普通だが、その花が上を向いて描かれている場合は主に「太陽と再生」の象徴として表されている。夜には花びらを閉じて水面下に沈んでいたロータスは、夜明けと共に再び水面から顔を出し花を開く。まさに「太陽と再生」である。
さらに、そのロータスの花から太陽神が生まれ出てくるというモチーフがエジプト美術ではしばしば登場してくる。それらに表された太陽神は時代や地域によって違う神が描かれてもいる。
そして、問題のこのレリーフに描かれたロータスの花か� ��出現しているもの・・・、それはヘビである。

 そのヘビはハトホル女神の息子であり「新生の太陽(朝日)」の化身であるハルソムトゥス(ハルセマタウィ)神を表している。
ギリシア人・ローマ人がエジプトを支配していたグレコ=ローマン時代(BC332〜AD395)には、ハルソムトゥスはたいていの場合ヘビ(そうでない場合はハヤブサ)として描写された。
このレリーフ以外にもデンデラ遺跡ではハルソムトゥスは数多く登場してくる。
そしてこのレリーフを説明するヒエログリフもそれがハルソムトゥスであると告げている。
したがって、そのヘビはフィラメントでもなければ電流でもなく、朝日の象徴ハルソムトゥスなのだ。


 ヘビの正体が朝日だということがわかれば、そのヘビを取り囲むバルブ状のものが何であるのか理解するのは難しくない。
レリーフを見れば明らかなように、それは朝日と共にロータスの花から生み出されている。
暗闇の中から朝日と共に出現するもの・・・、それは太陽が照らし出す空間、つまり
「朝の空」だ。
このことは、「永遠」のシンボルであり「空の支柱」としての側面を持つジェドや、「無限」のシンボルであり「空を支える神」でもあるヘフが、この部分を支えていることからも裏付けられる。

 ハルソムトゥスのすぐそばに立つ男。電球説では"電球を抱えた神官"、あるいは"電気技師"ということになっているその人物は誰だろうか?
よく見るとその人物は"電球"を抱えてなどいない。(そもそも、それが電球だったら大ヤケドしそうである。そばにいるだけで大変そうだ。しかも裸・・・。(笑))
その男は、バルブ状のものを表わしたレリーフすべてにおいて、ハルソムトゥスを表すヘビとセットで登場してきている。そして、常に同じポーズでヘビのそばに立っている。(ただし、ヘビが右を向いている絵では右を、左を向いている絵では左を向いている。)
壁のヒエログリフが教えてくれるところによると、その男は
ハルソムトゥスのカーなのだそうだ。

 片方の端がロータスの花に繋がった"ケーブル"のように見えるものは、意外だと思われるかもしれないが、ボートである。
この場合、ロータスの花がある方が船尾で、ハルソムトゥス(ヘビ)の頭がある方が船首ということになる。
古代エジプトにおいてボートは常に重要な交通・輸送の手段として使われ、エジプト人は神々がボート(聖舟)に乗って移動するものと考えた。そして宗教上の行事にも形式化されたボートを使用するようになった。
地下レリーフの場合、極めて象徴化されロータスの花の茎と融合されているため、一見しただけでそれがボートであると気付くのは困難である。
だが、古代エジプト美術における"ボートの表現"の変化を様々な資料で根気良く見ていくと、単純化され形式化された"ボート"をいくつも見つけ出すことができ� ��。
デンデラ遺跡の上部構造で数多く見られる"ボートの表現"もまた(特殊化した地下レリーフよりはまだボートらしく見えはするが)、それを単体で見るとボートには見えないような細長いヒモ状の表現で表されている。
そして何よりも、地下レリーフに付随するヒエログリフがそれがボートであることを示している。
結論を言えば、それは
朝日の神ハルソムトゥスを運ぶ「太陽の舟」なのだ。もともと象徴化されている上、ロータスの花の茎と融合して表現されているためケーブルのように見えるだけだ。

 

(それに、実は「絵を説明するヒエログリフ」を頼らなくても、それがボートであることは、地下室の壁に彫られたレリーフ群を見ていくだけでも十分にわかってしまうのである。
収集した地下レリーフの写真を整理しているうち気付いたのだが、問題のレリーフのすぐ近くに、明確にボートであることが判別できる"同じタイプの聖舟"が描かれている。)

<レリーフの正体>

以上の点を踏まえた上でレリーフ全体を見れば、その絵が何を表したものであるのか明らかだと思う。
古代エジプトの宇宙観を示す神話に次のようなものがある。
" 神々の父である太陽神ラーは、聖舟(ウイア)に乗り太陽と共に天と地を回り続けている。
舟は二艘あり、ラーが昼に乗る舟はマネジェトと呼ばれ、夜の世界(死者の国)を通過していく時に乗る舟はメセケテトと呼ばれている。
舟にはラーと共に、記録係のウェネブ、正義と真実と秩序の女神マアト、知恵や暦の神であり月の神でもあるトート、舟の舵をとるホルスなどが乗っている。"
エジプト神話は、時代により地域により様々な変形をとる。ハトホル神殿の地下レリーフに示された絵も、そうした太陽神崇拝、あるいは太陽舟神話の数多くのバリエーションの一つと考えていい。
太陽神が、ラーからハルソムトゥスに置き換わって描かれているだけだ。

だが、話はまだ終わらない。 実は、この地下レリーフの絵は、そういう古代エジプト人の宇宙観を表した、ただの宗教画ではないのだ。
その絵を含む地下室に描かれた様々なレリーフには、そこに描かれたものが何で作られていたか、そしてその大きさがどのくらいあったか、一つ一つ記されている。
例のレリーフの一つには、絵のすぐ上の小さなワクの中に、こう記されている。
「黄金製。大きさ(高さ)は手のひら3つ分。」
また、レリーフを説明するヒエログリフが伝えているのは、基本的には、新年を祝うフェスティバルに関してのものである。
ハトホル神殿のその地下室は、ある特別な目的のために使用されていた。そこは宗教上の儀式に使用する彫像や祭器を保管しておくための場所だったのだ。
古代エジプトにおけるその他の数多くの貴重な宝や神具がそうであったように、それらの彫像は、いつの時代にか、すべて持ち去られ神殿から姿を消してしまった・・・。

結論を言おう。
ビリーバーたちにより電球ということにされてしまった地下レリーフのその奇妙な絵は、新年の祝祭で使われた「儀式用の彫像」を表したものだったのだ。
<End>

 

 


 <備考1> 
  蛇足になるが、下の写真も太陽舟神話と関係する古代エジプトの
  絵画の一つである。
  中央にいる"ハヤブサ頭"の神は有名な太陽神ラーで、その頭上には  
  ヘビをあしらった"太陽円盤"が描かれている。
  この絵全体を注意してよく見てほしい。どこかで見たことがある
  ような絵だと思わないかな?

 

                

 

 

 

 

 <備考2> 
  本文中で書いたフランク・ダーネンバーグ(Frank Doernenburg)氏のサイト
  『過去のミステリー(Mysteries of the Past)』について!
  
  『過去のミステリー』はエジプト考古学関連の奇説を取り上げて批判を
  行なっているサイトである。 "古代の電気照明説"についてもアリが
  入り込む隙間もない緻密な検証と批判によって、この妄説を完膚無きにまで
  叩きのめしてくれている。「 Electric lights in ancient Egypt? 」の項目 
  で紹介されているので興味のある人はぜひ覗いてみてほしい。
  下に貼ってあるのはその英語ページへのリンクだが、元々ドイツのサイトなの
  で、ドイツ語に堪能な方は英語ページからドイツ語のメインページへ飛んだほ
  うがいいかもしれない。
  

 

 

 




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