ただの共同墓地、と、そこに墓参りに来る人間はそれだけの認識かもしれない。 だが、その墓地が作られている土地を高みから見下ろせば、それがいかに異様な光景かがわかろうというものだ。
一本の木も生えていない、見渡す限りの荒野──正確には、10kmも離れれば森林地帯があるのだが、普通に地面に立っている人間には、見渡す限りと表現しても問題はない。墓地に接続されている道路も、その森の中に逃げ込むようにして伸びている。
セカンドインパクト以後の光景だ。
それを覚えている、あるいは意識している人間は少ないであろうことが想像に難くない──
──人類は、もはや地上の覇者ではない。
Artificial Soul -High Power ReMix-
Session 3. Satisfaction
私は御殿場駅からJR東海道線に乗り、第2東京方面へ向かっていた。セカンドインパクト後に起きた紛争により、旧東京が壊滅したため、関東地方の鉄道路線は大幅に敷きなおされている。第2東京から海岸沿いに、山脈を避けて逆C字を描くようにカーブして御殿場へ東海道線が接続され、中央本線は第2東京と名古屋を結び、常磐線は東へ、東北本線は前橋市から分岐する形になっている。
私の出で立ちにも説明が必要かもしれない──肌にフィットするバンドTシャツの上に黒のレザージャケットと銀のチェーンを纏い、サングラスをかけている。
私の顔立ちと体格では、これだけでもう中学生の子供には見えなくなる。
第3新東京では、常に制服を着て印象付けていなければ学生だとわからないかもし れない。もっとも、単に面倒だということもあるのだが。
なぜかといえば、しつこいようだがそういうイメージを「求められている」からだ。テレビやファッション雑誌を飾るアイドルが私生活に厳しく制限を受けるのと同じだ。
向かうのは、第2東京を越えてさらに北へ向かった、長野県長野市松代。NERVが松代支部を置き、日本では第3新東京の本部以外に唯一エヴァの整備が行えるケージと実験場がある。
先日の第13使徒戦に先立つ事故によって爆発して大部分が吹き飛んだが、それでも、アメリカのネバダ支部のようにまるきり消滅してしまったわけではない。地上には多数の遺留品が残されている。その中には、もちろん、近所の人間がうっかり拾って帰ったら大変なことになるようなもの……も、転がっている� ��
長野電鉄に乗り換えて松代駅で降りた私はまっすぐ、駅前通りの病院へ向かった。
受付に立ち、内ポケットから大判の封筒を取り出して差し出す。
「どうも、六分儀でアポをとった者ですが、高橋先生はおりますでしょうか」
碇司令が自分の旧姓を使えと言ってくれた。今や、NERVの碇ゲンドウといえば日本政府や国連では知らない者はいないほどに悪名が広まってしまったが、逆にかつての六分儀という名前は嘘のように忘れ去られてしまった。人間の興味など所詮そんなものだ。
と、碇司令は言っていた。
病院の建物は、外からの見てくれはそれなりに新しいように見えるが、中に入ってみるとそこかしこに、継ぎ接ぎを繰り返した跡が見える。あの402号室に長年住んでいる私に言わせれば、コンク リートが疲れきっている。いくらコンクリートが頑丈だといってもやはり時間を経れば劣化するのだ。天然の岩石だって、長い時間の間には風雨によって削られる。
いびつな石組みの柱と床にはめ込まれた木枠の向こうで、職員たちが事務仕事をしている。待合室の長いすに並ぶ老人たちの頭数は減ることはない。まだ午前中だから、朝から待っている人もいる。
やがて、白衣に真新しいネームプレートをつけた若い男性の医師が奥から出てきた。
「やあお待たせしてすみません、一条さんですね」
当然だが私も偽名を使う。
「こちらへどうぞ」
「すみません、お邪魔させていただきます」
職員廊下の向こうに、事務室、調剤室が並び、奥に院長室と会議室の掛札が見える。院長室のドアには、所� ��中、と書かれた札が吊ってあった。
「碇司令より言伝を預かってきました」
「うかがっております」
若い医師は、私にソファに座るよう促した。
ネームプレートには「外科・形成外科 高橋リョウスケ」と書かれている。この病院の名前も高橋クリニックだ。
「ご父君はお変わりありませんか」
「ええ、父は毎週のように業者巡りを欠かしません。おかげで製薬会社の営業のかたがたは、父に会うスケジュールを立てるのが大変です」
「それはそれは」
セカンドインパクトに伴い紛争が頻発したということは、それだけ、傷病におかされる人間の数が増えるということだ。医療機関のキャパシティが小さい国はすぐに限界を迎え、国力をじわじわと削られていった。日本はその中でも最も被� �が軽かったといえる。それでも、冬月副司令はかつてもぐりの医者をやっていたという。それについても後ほど触れる。
「臨床サンプルとしては十二分な数が揃ったといえるでしょう」
「はからずも、ですが」
そう言って、高橋医師はやや苦そうな顔をした。患者を実験体扱いする──現代ならまだいいが、前世紀であれば大問題だ。高橋医師が通常の外科だけでなく形成外科の診療科目も持っているのは、それだけ、この現代では戦闘や事故などで身体損傷などの傷病を負う人間が現れる確率が上がっているということだ。
本部内に設置されているNERV中央病院にも、いわゆる軍医に近い身分として相応の人数が配置されている。
さて本題は、この松代実験場で事故が──3号機と使徒の融合接触──が起き� ��時、その解放されたエネルギーが、粉塵となって周辺の土地に拡散降下したことだ。あれから雨が1度降り、大気中に飛び散った松代実験場由来のチリはほとんどが地面に落ちた。MAGIの計算によれば、当時の風向きからして、山脈沿いに飯山市あたりまでチリが拡散していることになる。
当然、そのエリアに暮らしている住民たちは、この、3号機の撒き散らしたエネルギーを帯びた粉塵を浴びていることになる。
使徒が持つ、生命の実とも別称される謎のエネルギー発生器、「S2機関」。これは人類が未だ知らない高次元存在からエネルギーを得ていると予想されている。すなわち、ただの無害な原子を、放射線を発する重原子へと変えてしまうことがあるのだ。
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